山の手の中心に住まう

神楽坂、夏目坂というエリアは、山の手の内側という好立地であり、長きに渡り、多くの人を魅了してきた。夏目坂周辺には文豪の夏目漱石、有島武郎が、神楽坂周辺には、喜劇王の柳家金語楼、俳優の勝新太郎など、多くの文士、芸能人に愛されてきた土地でもある。

もともと山の手と呼ばれる地域は、明治時代に武蔵野台地の東端にあった武家地跡に出来た住宅街のことを指す。今で言うところの、新宿区、文京区、千代田区麹町の周辺地域がそうだった。その後、関東大震災、第二次世界大戦などによって、人々の生活圏は西へ西へと広がっていき、それに従って山の手の範囲も広がっていった。

神楽坂が遊行の地となり、この地で花柳界が発祥したのは1857(安政4)年の話だという。明治時代になると区画整理が行われ、1912(大正元)年には大久保通りが開通。毘沙門天の縁日で賑わう花柳街として知られていた。まさに山の手随一の繁華街として繁栄していた。

現在でも神楽坂通りは、毘沙門天を中心に多くの人が行き交い、人気のスポットとして親しまれている。江戸の情緒を感じさせる街の様子は人々を魅了し、休日にもなるとカメラを片手に散策をする人の姿を多く見かけることが出来る。

この周辺地域の特徴として、一軒家を改造したレストラン、カルチャーセンターなども数多くあることが挙げられ、長い時を経た町並みの成熟を感じることが出来る。

このように、神楽坂、夏目坂という地域で見ることの出来る施設、地域で得られる情報は、いつまでも尽きることのない歴史に裏付けられている。もちろん都心の中央という好立地であるため、衣食住に事欠くことはない。しかし、この地域に住む人たちは、そういった物質的な豊かさだけでなく、普段の暮らしが歴史の一部分として包まれているような、精神的な豊かさを実感することが出来るだろう。














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