江戸の昔からの伝統残る、風趣に富む街「王子飛鳥山」

この地の名の由来となった「王子神社」を始め、王子には長き伝統が育んだ歴史的な見所が数多く残されている。

特に江戸時代には飛鳥山を中心に江戸近郊の観光地として栄えた歴史を持ち、江戸の庶民にとっては落語や浮世絵にも登場するお馴染みの名所であった。現在もその多くは王子を代表するスポットとして親しまれている。

ここでは現在もその歴史の名残を感じられる、王子の名所の数々をご紹介しよう。

飛鳥山公園
●飛鳥山公園

江戸時代には江戸随一の桜の名所として多くの花見客を集めた「飛鳥山公園」。現在も王子を代表する緑のスポットとして多くの人々が訪れる。

飛鳥山が桜の名所となったのは、八代将軍・徳川吉宗の政策による。当時の江戸で花見が出来る場所といえば上野の寛永寺くらいしかなかったとされ、花の季節には風紀が相当に乱れていたという。

安心して花見を楽しみたいという庶民の声を汲んだ吉宗は、当時は江戸から適度に距離を置いた近郊の農村地帯にあった王子飛鳥山に目をつけた。家族みんなで物見遊山の気分で花見を楽しめるように、と飛鳥山に桜の苗木を植え始め、江戸中期の1737年に庶民に開放された。

飛鳥山公園
●飛鳥山公園

花見客誘致のために吉宗自らが飛鳥山に足を運んで桜を楽しんだと言われている。このアピールのため、この地には多くの庶民が花見に訪れるようになり、後に歌川広重の『名所江戸百景』にも登場するなど、今の世まで続く桜の名所としての名声を高めていった。

その後明治維新直後の1873年には、上野・芝などと共に日本初の公園として「飛鳥山公園」が開設されたが、そのことはいかに江戸の多くの庶民に親しまれ愛されていたかという証になるだろう。

桜の名所として知られるようになってから300年近くが経った現在でも、飛鳥山はソメイヨシノなど約650本もの桜が艶やかな花を咲かせる東京随一の名所として、今も多くの花見客を集めている。

旧渋沢庭園
●旧渋沢庭園

飛鳥山公園には桜以外にもさまざまな見所がある。園内には「北区飛鳥山博物館」「紙の博物館」「渋沢史料館」といった博物館が集まっており、この地の歴史を知るには格好なスポットとなっている。

その中でも特に必見なのが「渋沢史料館」だ。この施設は近代経済界の立役者であった渋沢栄一を顕彰するものである。かつてこの地に渋沢は大邸宅を構えており、往時の姿を偲ぶことが出来る。

みずほ銀行の源流となった「第一国立銀行」設立をはじめ、現在の経済大国・日本成立に大きな影響を与えた渋沢栄一。関わった企業の数は500を超えるとされるが、そのひとつが王子に本拠地を構えた「王子製紙」だ。王子製紙の設立に尽力した渋沢は工場を眼下に眺めることが出来た飛鳥山に邸宅を構え、以後1931年に亡くなるまで終生この地を愛したとされている。吉宗を魅了した飛鳥山は、後の世の経済界の大物さえもとりこにしてしまったようだ。

隣接する「旧渋沢庭園」には、大正期に建てられた洋風茶室「晩香廬」と、当時としては画期的なコンクリート造の書庫「青淵文庫」が残されており、当時を偲ぶ貴重な史料として国の重要文化財に指定されている。

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